談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第67回 「信玄に負けるナ! 謙信の情報戦でござる!!」 の巻 

ガラシャ1 「前回は武田信玄公の抱えていた有能な透波(すっぱ)、
ガラシャさん
        三ッ者(みつもの)といった忍者軍のお話をうかがったわけですけど、
        今回は対する、上杉側の軒猿(のきざる)と言われた
        忍者達についてでしたよね。」


センセエ2「ウン。…で、出鼻をくじいて申し訳ないんだけど、
センセエ
        この“軒猿”と呼ばれた忍びについては
        存在したかどうかは実は確かではないんだ。」

ツルギ1 「エッ!? な、何だってェェ!?」
ツルギくん


センセイ「まあまあ(笑)。どの道、あの情報戦命(いのち)の信玄を苦しめたわけだから、
        謙信も情報戦やゲリラ戦等にはかなり精通していたわけで、
        その辺もちょっと話してみたいとは思っていたんだよね。」

ガラシャ1「つまり“軒猿”という人達がいたかどうかはともかく、
        謙信も忍者群を配下に置いていたと!?」


センセイ 「それは戦国武将だからね。当然!」

ツルギ2「フウ~。ビックリしたあ……。
        引っぱっておいて『存在したかどうかわからない。』
        なんて言われた日には…。」


センセエ2「謙信も若い頃から情報戦にはかなり敏感だったと言われている。

        父親(為景)が越中で討死して、その供養という名目で
        勧進僧の身なりをして全国を旅して諸国の地理や風俗、文化、
        また城郭などを詳しく調べ上げたと言われているんだ。」



談話イラスト65
  

ガラシャ2「勧進僧…あ、そうか! これまでにも義経や信玄の巫女軍団等
        諸国の情勢を探るにはもってこいというわけですね。」


センセエ2「うん。で、謙信が家督を継ぐ直前の天文17年(1548年)には
        すでに諸国へ自分の間(忍)者を忍び込ませていたと言われている。
        『越後軍記』にはその内訳まで記してある。
        『近習(きんじゅ)の者7人に間者役を命じ、その内3人を甲州へ、
        4人を越中、能登、加賀へ』とね。

        またライバルの北条氏にも近習の者2人を派遣して、
        内部の情勢を探らせている。
        その成果のうち、例えば北条家には優れた家臣が多いが、
        中でも松田尾張守(憲秀《のりひで》)は特に民政に優れ、
        氏康(うじやす)が何かと松田と相談して物事を決定している
        ということや、松田が寺院の梵鐘(ぼんしょう)を集めて、
        鉄砲の弾をつくらせているというような軍事機密までね。」

ツルギ1「うわあ~。スゲ~。そんな集団だから、武田信玄側の軍師、山本勘助の
        啄木鳥(キツツキ)作戦なんかも見破れたのかもしれませんね。」


センセエ2「まさにその通り!! 川中島の時にも、信玄の本隊が海津城に入るとすぐに
        その動静を探るために忍びを放っている。で、この忍び達が、
        武田軍が信玄の本隊組と妻女山(さいじょざん)攻撃の為の
        別動隊に分かれる気配を察知して報告してきたんだ。
        で、まんまと謙信は妻女山を抜け出して、
        信玄本隊を急襲することが出来たんだ。

        で、これらの忍びをどう呼ぶかということなんだけど、
        『北条太平記』では、永禄4年(1561年)の第4次川中島決選
        (事実上の決戦のクライマックス)で、
        謙信が使った忍びの事は『夜盗組(やとうぐみ)』とか
        『伏齅(ふせかぎ)』と呼ばれたとある。」

ガラシャ2「フセカギ…? ああ、なんかその『齅(かぎ)』って鼻(はな)と
        臭(におう)という字の組み合わせだから、
        如何にも動勢を探る集団みたいですよね。」


センセエ2「そうでしょう? まさに嗅覚に優れているという名称だよね。

        ただし、この名称が載っている史料も江戸時代に入ってからのもの
        だから本当は何て呼ばれてたかなんてわからないんだろうけど…。」

ツルギ2「ヒャア~。『軒猿』にしてもそうだけど、優れた忍者がいたのは間違いないのに、
        結局正確には名前がわからないなんて…。」


センセイ「はははは(笑)。でもまさにそれが忍者らしいという事でいいんじゃないかな?

        逆に名前だけは残っているけど、何をしたかもわからない人達だって
        大勢いるんだから。今の政治家みたいにね。」

ガラシャ2 「出たっ!! センセエ久々の毒!」

センセイ「ちなみに『軒猿』の語源は諸説あるけど、
        一つには古代中国で初めて忍者を使ったのが軒轅(けんえん)という
        皇帝だったという伝説からその名がついたと言われている。」

ガラシャ1「アレ? 『轅』って……。『猿』という字ではないんですね。」

センセエ2「うん。『軒轅鏡(けんえんきょう)』というのが、
        古代中国の魔除けの鏡らしくてね。
        鏡の反射を意味する忍び技、すなわち反間(はんかん)を得意とした
        ものを表したらしいんだ。」

ツルギ1 「反間というと?」

センセイ「つまり敵領に忍び込んで、相手を撹乱(かくらん)させたり、
        その情報を知らせたり。」

ガラシャ1「アレ? それ中国のお話ですよね。う~ん、やっぱり
        忍術って大陸から来ているのかしら。」


センセエ2「ちなみに話を戻すけど、川中島で信玄側の動静を見破った謙信は、
        千曲川を渡ってすぐに相手の物見の武士17人と出会い、
        1人も逃さず討ち取ったと言われている。」

ツルギ1 「さすが謙信!! カッコイイ~!」

センセイ 「でね、その討ち取られた中に、あの軍師、山本勘助がいたらしい。」

ツルギ1 「エッ!?」

センセイ 「つまり武田方の忍びの中に勘助がいたという事さ。」

ツルギ2 「ギョエ~!勘助って忍びだったのかあ~!!」





                        つづく        ツルギ3
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[ 2012/01/08 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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