談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第48回 「世渡りに剣を活かすでござる!!」 の巻

ガラシャ1「前回のお話で、柳生但馬守宗矩があれだけ創作の世界、
ガラシャさん
        つまりほとんどの作り話であろう中で、小野忠明にひどい負け方をしたり、
        武蔵の弟子にさせられちゃったりというのは、すごく興味深いですね。」


センセイ「前回の最後でも触れたんだけど、やっぱりほぼ同時代を生きていて、
センセエ
        片や1万2,500石の大名にまで出世したのと、たかだか600石の剣術指南ではねえ…。
        やっぱりそれぞれの弟子達や流派を学んだ者たちのプライドに関わるよねえ。

        だから、『ホントはうちの始祖の方が全然優れていた、強かったんだ。』
        と言いたくなる気持ちも、わからない事はないんだよね。」

ツルギ1 「それにしても何だってそんなに禄高に差がついてしまったんですかね?」
ツルギくん

センセエ2「う~ん、色々な説が言われているけど、やっぱり宗矩のお父さんである柳生宗厳(むねよし)、
        つまり後の石舟斉(せきしゅうさい)や、
      さらにその師である剣聖・上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)が残した
        『剣』や『兵法』に関する理論っていうのは、
      やっぱり当時の武士達が学ぶ上では『革新的』であり『理論的』であり…。
        そう、理論としての完成度が並外れてスゴイんだよね。

        その理論的剣法を宗矩が24歳の時、父・石舟斉と一緒に徳川家康の前で演武をしたという。
        多分もの凄いレベルの組太刀みたいな事をやったんだと推測されるんだけどね。

        で、それに家康がホレ込んだのが始まりで、
        関ヶ原なんかでは家康側について工作員として手柄をあげるんだ。」

ツルギ1  「ぐわあ! 見たかったなあ、その組太刀!!」

ガラシャ1「見たかったって…。センセエ、構わず続けて下さい。

        関ヶ原であげた手柄くらいではまだそんなに…というか、
        それはキッカケとしてという事ですよね。」


センセエ2「うん。関ヶ原の翌年(慶長6年、1601年)に家康の三男である秀忠(ひでただ)の兵法師範になり、
        『大坂の陣』では秀忠の旗本として敵兵7人を斬り倒したといわれる。

        これが宗矩の生涯では一番確実性のある武勇伝なんだけど、
        秀忠は4年後には2代将軍になる人だからね。この活躍はやっぱり大きいよね。」

ツルギ1  「敵兵7人!! やっぱり…強いんだなあ…。」

センセイ「で、51歳の時、今度は18歳で家光が入門してきてね。
        家光はその2年後には将軍になるからさ。」

ガラシャ2 「やっぱり出世する人って、そういう運も味方につけるんでしょうね。」

センセエ2「うん、でもやっぱり運だけではなく、そうした人達が『これは学ぶべき価値がある。』
        と判断しなくてはそうはならないと思うんだよね。

        しかも、ただ強い剣法というだけではなく、
        まだ荒れていた世の中を治める為の帝王学的なものも
        そこから学ばなくちゃならないからね。
      そういうものまで新陰流が網羅していたんだと思うのね。
        あ、でもこの時はまだ3000石の旗本だったんだよね。
        ところが62歳の時に(寛永9年、1632年)惣目付、
        つまり後の大目付役となると一気に6000石になる。

        この惣目付というのは大名や旗本、ひいては年寄(後の老中)まで
        監察する義務があるというから、諸大名達からかなり畏敬される存在になる。

        で、やっぱりその時に『新陰流』というのが『将軍家指南剣法』だった
        というのが相当な効き目を持ってくる。」

ガラシャ2「なる程。単なる出世街道に乗ったブレイク中の大名とは違ったという事ですね。
        何といっても将軍様の剣術の師ですから。」


センセイ「そういう事。名のある藩主や藩士達が次々に門人に名を連ねていくというわけでね。

        やっぱりこうしてみると、宗矩自身もその事をかなり利用しているから
        出世欲は相当あったんだと思う。個人的な…というより
        『柳生家』として一族が繁栄していくように立ち廻っているよね。」

ツルギ2  「なる程~。これじゃあ、単純に剣の実力がどうのと言っている武士達はかなわないなあ。」

センセイ「そうだね。あと重要な点はさっきも言ったけど『一族の…』という所かな。
        自分の個人的な出世欲だけだとそこまで行ったかどうか…。

        だって武蔵だって五輪書の中では、『一人を相手にするのと、
        大勢…つまり戦さの立ち廻り方に違いは無い…これは皆兵法である。』
        なんて言っている訳だから。」

ガラシャ1「そうか…。小さな事から大きな事まで同じ理論で動けば間違いは無いという、
        何か剣豪、剣聖と呼ばれた人達には何かそういう共通した理論というか、
        見解がありますね。」


センセエ2「だね。もう少し宗矩について言うと、『政道ド真ン中』にそういう父親がいると、
        その息子はアウトローになるのかもという話で。
      長男はあの柳生十兵衛だからね。
        彼は父と違って世渡りが下手で家光とは上手くいかなかったなんて話がある。
        それで明治時代になってから講談の中で、深編笠で隻眼の姿で、
        隠密として諸大名の動向を探っていたなんていう風になっていく。
      まあ実際はどうだったのかはわからないけど…。」

  談話イラスト46



ツルギ1「格好イイ~。ボクは断然十兵衛派ですね! 人と群れないっていうか。
        敢えて権力から外れた所で命を懸けるみたいな所が!」


ガラシャ2  「あんたは単に人づきあいが下手なだけでしょ!」

ツルギ2  「…お察しの通り。」

センセイ  「ははは…(苦笑)。」




                 つづく         ツルギ4
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[ 2011/09/21 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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