談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第47回 「昔の人も創作魔でござる!!」 の巻

ガラシャ1「前回はセンセエが実際に舞台でおやりになる、
ガラシャさん  宮本武蔵の戦い方のお話が出たんですけど、
        他の剣豪で興味がある人物って誰ですか?」


センセエ2「う~ん、数え上げたら本当にキリが無いよね。
センセエ
        ただ武蔵の場合はやっぱり『五輪書』の存在が大きいと思うんだけど…。
        もちろん柳生新陰流や小野派一刀流にも伝書は残っているんだけど、
        免許の段階的な技の名前(型の名前)や教えが書いてあるんだけど、
      『五輪書』ほど詳しく書いてあるわけではないからね。

        それに現代人が浅い知恵…というか現代人らしい身体の運用法にしたがって解釈すると、
        もっともらしい、固い武士像しか出てこなくなっているでしょ?
        五輪書の内容というのは、『固い気合いの運剣法』だけではままならない、
        本来の機能的な動き方というものがわかりやすく、
      そして武蔵本人の言葉として生々しく書いてあるのが大きいよね、やっぱり…。」

ツルギ1「昔から剣豪伝説ってたくさん残されていると思うんですけど、
ツルギくん
        現代のようにテレビや映画なんか無い時代でも都合良く
        脚色されているものって多いんですよね。」


ガラシャ2 「やっぱり歌舞伎だとか講談なんかで語られたりする部分が多いんでしょうね。」

センセイ「確かにそうだね。主に江戸後期に書かれたものとかね。
        有名な徳川家光政権時代の寛永時代(1624~44)に行われた
        『寛永御前試合』なんかもほとんど脚色だしね。」

ツルギ2  「エエッ!? そ、そうだったのかあ!」

ガラシャ1 「あれ? ツルギ君知らなかったの? その驚きようって…。」

ツルギ2「うん…。そうかあ。ショックだなあ。寛永御前試合って、なんかホントにあった
        ドラゴンボールの『天下一武道会』みたいに思っていたから。」


センセエ2「う…! そうか、それはすまなかったね。

        天保年間に書かれた『寛永武術上覧之記』とか、
        勝海舟が編集した『陸軍歴史』の巻ノ二十八にある
        『寛永中剣術勝負付』とかがネタになっていると言われているんだよ。」

ツルギ1 「勝海舟! ……う、う、偉人ヅラしやがって! 奴に騙されていたのか…。」

センセイ「ははは(笑)。でね、その中に宮本武蔵も御前試合に出場した事になっているんだけど、
        名前も『宮本無佐四』なんて脚色されているんだよ。」

ツルギ2  「ねつ造野郎め!!」

ガラシャ2「ツルギ君が勉強不足なだけでしょ! 
        センセエ、他に面白い創作物っていえば何ですかね?」


センセエ2「柳生宗矩が武蔵の弟子になったというのが、
        江戸後期に書かれた随筆集『異説区々(まちまち)』というのにあるらしい。
      武蔵が弟子の宗矩と試合して全然寄せ付けなかったみたいな。」

ガラシャ1   ツルギ2   「エエ~!?」

センセエ2「あと、どういう訳だかわからないけど、
        自称宗矩の弟子で免許も授かったという渡辺幸庵(こうあん)
        という人の回顧談『幸庵対話』なんかにも、
      『宗矩と武蔵、どちらが強いかと言えば、全然武蔵の方が上だった。』
        という内容が書かれてあるらしい。」

ツルギ2「ゲエッ! 何で柳生宗矩が…。だって宗矩だって剣聖と呼ばれた人ですよ。
        おそらく武蔵と本当に勝負なんかしていないと思うんだけどなあ。
        何でそんな言われ方…。」


センセイ「柳生宗矩っていう人は、創作の世界では結構ひどい目にあっていてね。

        他にも小野派一刀流を学んだ後世の剣士達から、
        やっぱり小野派の流祖である次郎右衛門が宗矩をボコボコに
        やっつけてしまったなんて話をよく作られているんだよ。」

ガラシャ1  「ボコボコに…ですか?」


談話イラスト45



センセエ2「正確に言うとね、次郎右衛門が江戸が開府して間もない時に、
        柳生宗矩の道場に他流試合を申し込みに行ったというんだよね。」

ツルギ1「うわあ。もしそれが本当なら、
        今なら年末にテレビでやりそうな一大格闘技イベントですね!」


センセエ2「で、宗矩が『当道場においては、他流試合は真剣で行う事になっている。』と、
        刀を抜き払って脅すんだ。すると次郎右衛門は、
        たまたまそこに落ちていた薪(たきぎ)の燃えさしを手にして『承知』と言う。

        そして予想外の敵の出方に呆気にとられた宗矩のスキをついて
        スルスル間合いを詰めて、宗矩の顔やら衣類やらに、
        炭を塗りたくったという話が 『一刀流口伝(くでん)』という書に記してある。」

ツルギ1  「うわ、うわ! 柳生宗矩さんイイコト何も無いじゃないですか。」

ガラシャ1「でも、本当に何故そんなウワサ話というか…
        話が語られる様になってしまったんでしょう。」


センセイ「うん、推測になってしまうけど、一つには『やっかみ』や『妬み(ねたみ)』根性も
        あるんじゃないかと…。やっぱり柳生家と言えば、
        その頃は将軍家に絶大な信頼があって、
        禄高も1万2,500石という武士としては破格な、
        ほとんど大名みたいな待遇だった訳でね。

        それに比べて、次郎右衛門は将軍秀忠の剣術師範だったけど、
        多い時で600石(これは武士としてはかなりの高待遇だが…。)で…。
        武蔵にしても晩年、細川藩の客人的な立場ではあったけど、仕官経験も無いから…。

        これは本人というより、その弟子達や世間で『面白くない!』
        という心理が働いたんじゃないかと…。」

ガラシャ1   ツルギ1   「なる程~。」


        



        つづく            センセエ(全身2)



        
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[ 2011/09/18 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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