談話室『和太刀』

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第122回 「柳生家と徳川の安泰への道でござる!!」の巻 


ガラシャさん
ガラシャ1
「前回までは『柳生新陰流』の創始者、上泉伊勢守信綱のお話でしたけど、最後の方では、信綱に師事した柳生宗厳が『無刀捕り』を完成させて、それにより柳生家の運命も大きく変わったというお話でシメて頂きました。」



ツルギくん
ツルギ1
「柳生家は当時、豊臣秀吉の厳しい検地により、領地没収という目にあっていて、非常に苦しい状況だったわけですよね。それが『新陰流』との出会いで運命が良い方に流れたという事ですよね。」


センセエ
センセエ2
「その通り。宗厳がつくった歌に、『兵法の舵(かじ)をとりても世の海を 渡りかねたる 石の舟かな』なんていうのがある。つまり、どんなに兵法(武術)で勝ち進んでも、世の中という海を渡ることも出来ない石の舟であるという意味です。
で、宗厳は自らの名前を石舟斎(せきしゅうさい)としたんだ。」



ツルギ1
「げぇっ!そうか!宗厳ってあの柳生石舟斎だったのかあ!」




ガラシャ1
「そりゃあそうでしょ、流れからいったら!アンタ、ホントにバッカね~!!」




ツルギ2
「チェッ!どうせバカですよ。」



センセエ2
「まあまあ(笑)。で、そんな大ピンチの柳生家が光を浴びたのはね、文禄3年(1594年)、豊臣政権の重要なポストを務めていた人物に呼び出されたのがキッカケなんだ。」



ツルギ1
「豊臣政権の重要な…?」




ガラシャ1
「わかった!徳川家康じゃないですか?」



センセイ
「ハイ、ガラシャさん、御名答!!そう、石舟斎(信綱)は家康に呼び出され、洛北の家康の陣屋で、家康を相手に例の『無刀捕り』をやったらしいんだよ。」



ツルギ1
「ゲェッ!家康自ら…?!」



センセイ
「そう。やっぱり実証するにはそれが一番いいよネ。」



ガラシャ2
「家康はビックリしたでしょうね。」



センセエ2
「そりゃあねぇ。『エイヤッ!!』と打ち込んだんだけど、素手である宗厳に一瞬のうちにふっ飛ばされ、組み伏せられたという説があるからね。」



ツルギ1
「ウッヒョオオ~!つええ、宗厳!!イヤ、柳生石舟斎!!」



センセエ2
「で、家康はこの無刀捕り=活人剣こそ、これからの施政に必要だと判断して、石舟斎を兵法指南にしようとしたが、石舟斎はこれを断ったんだ。」



ツルギ2
「こ、断ったぁ?もったいない!!何故ですか?」



センセイ
「答えは簡単。自分が老齢だという事でね。辞退したわけ。それで代わりに同伴してきた五男の又右衛門宗矩(むねのり)を推挙した。
言わなくともわかると思うけど、この五男があの有名な『柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)』だ。」



ガラシャ1
「高齢って…当時、石舟斎はいくつだったんでしょう?」



センセエ2
「66歳だったという事です。で、五男宗矩が24歳。だから今後の事を考えたら、まだ年も若い但馬守宗矩の方が良かったという事だろうね。
あるいは家康の方でそれを望んだという説もある。家康は剣術としての無刀捕りを学びたかっただけではないからね。その理念を政治に活かそうというのが本音だから、年齢の近い宗矩を自分の側において、政治的理念との『すり合わせ』がしたかったんだろうと思うよ。だからこの日より宗矩は、200石で家康の側近として仕えるという事になった。」



ツルギ1
「そういう事を思いつくなんて、やっぱり家康も“ただ者”じゃないですね。」



センセエ2
「うん、そうだね。で、そこから6年後、『関ヶ原の戦い(せきがはらのたたかい)』で、宗矩は使い番として活躍し、その働きが認められて、柳生の里の旧領地をもらい、翌年、徳川秀忠の兵法師範となった。
その又後に、今度は三代将軍となる家光の兵法指南番も宗矩が担当しているから、ここにおいて柳生新陰流=徳川家の御家流として定着したという事になる。」



ツルギ1
「ウーン。かつては豊臣秀吉に領地を没収されてヒィヒィ言っていたのに、一族丸ごと完全復活!!こりゃあスゲエなぁ!!」



センセエ2
「所領を没収されていた当時、宗厳(石舟斎)なんかは妻に遺言を残したらしいからね。『私に何かあったら茶道具を売って葬式費にあててほしい。』とか。その遺言状は今も残っているみたいだよ。」



ツルギ1
「うわぁ。リアルに困っていたんだなぁ。剣の腕は当時からあったはずなのに…。上泉伊勢守信綱と出会い、新陰流と出会って本当に良かったですねェ。」



センセイ
「そうだね。実力という事なら、柳生の里に、宗厳(石舟斎)が斬ったとされる“一刀石”なるものがあって、これ巨大な石なんだけど、真っ二つに割れている。」





談話イラスト120





ツルギ1
「い、石を!?大木というのは聞いた事ありますけど。本当にスゲエなぁ。」




ガラシャ1
「でもセンセエのおっしゃる通り、確かに信綱との出会いが無ければ、そのまま柳生家は貧しい地侍で終わったかもしれませんよね。そう考えると、上泉伊勢守信綱だって武田信玄や北畠具教(きたばたけとものり)、足利義輝(あしかがよしてる)などの人々との出会いによって、運命が開いていったんですもんね。」



センセエ2
「うん、そう思うと人との出会いって大切だよね。」



ツルギ1
「あ!そういえば、上泉伊勢守信綱ってどうなったんですか?柳生宗厳の無刀捕り完成を見て、『もはや我らの及ぶところにあらず。』と言って、一国一人印可状を与えた後は?やっぱり出世した宗厳の世話になったりしてたとか…?」



センセエ2
「イヤ、それが全く行方がわからない。資料が残っていないと言えばそれまでだけど、まるで存在を自分で消したとしか思えないくらい、表舞台からは消えているんだよ。」



ツルギ1
「なんか…カッコイイ!!」







                        つづく         
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[ 2013/05/13 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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