談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第121回 「無刀捕りの完成でござる!!」の巻


ガラシャさん
ガラシャ1
「前回、柳生宗厳に『無刀捕りを工夫せよ。』と宿題を残して京に上がった上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)。
何と京では時の将軍、足利義輝に『一手指南頂きたい。』と申し呼ばれたんですよね。」



ツルギくん
ツルギ1
「出たあ。武術マニアの将軍、足利義輝。確かあの塚原卜伝(つかはらぼくでん)に師事したんですよね。それ程の、しかも将軍から招かれるとは、信綱の名声もいよいよ天下に聞こえてきたという事ですね。」


センセエ
センセエ2
「そうだね。信綱が京都二条本覚寺の将軍御所に参上したのは3月10日。将軍の質問に色々答えた後、新陰流の刀法や『理』を義輝にねんごろに伝授したと。」



ガラシャ1
「で、その評判はどうだったんですか?」



センセイ
「そりゃ、もう!義輝は眸(ひとみ)を輝かせて信綱の話を聞いていたらしいよ。この時、将軍は信綱に感状を送ったとされている。
感状の内容としては、『上泉の兵法は古今に比類無きもので天下一である。丸目の太刀打は(打太刀をつとめた)これも天下の重宝である。上泉伊勢守殿、丸目蔵人佐殿。』というものである。」



ガラシャ2
「この打太刀をつとめた丸目蔵人佐(まるめくらんどのすけ)という人も有名な剣豪ですよね。」



センセエ2
「うん、さすがガラシャさん、よく勉強しているね。正式な名は『丸目蔵人佐長恵(まるめくらんどのすけながよし)』。
元は肥後国(熊本県)出身で、若い頃から数多くの武術を研究していたが、20歳の頃、廻国修行の旅に出た。この旅の途中で上泉伊勢守信綱に京で出会って師事した。柳生宗厳、疋田文五郎、神後宗治(じんごむねはる)と共に四天王と言われた人だよ。」



ツルギ1
「おおっ!四天王とはステキなひびきですネ!」



センセエ2
「でもこの人、新陰流兵法の正統な継承が柳生家になったのを面白くないという思いがかなりあってね、それで独自に『タイ捨流』を興したという説もある。」



ツルギ1
「わおっ!!そうか、丸目蔵人って『タイ捨流』の創始者だったんだ。どうりで聞いた事がある名前だと思ったぁ。」



センセエ2
「国に帰ってからは170万石の知行をを受けて、90歳の天寿を全うするなど(1540年~1629年)、剣客としたら幸福な人だったんだろうけどね。」



ガラシャ1
「で、センセエ、信綱の方はそれから…?」



センセイ
「あっ、そうだったね。上覧演武(じょうらんえんぶ)が大成功した信綱は、再び柳生谷に宗厳を訪ねていった。」


ガラシャ2
「例の『無刀捕り』の究明の確認ですね!」


センセイ
「そう。永禄8年4月。宗厳がどんな答えを用意しているか、たぶん期待に胸をふくらませていただろうね。」



ツルギ1
「あの…。そもそも信綱自身は確か宗厳との立ち合いで、無刀捕りを体現しているわけですよね。なのにそれ以上、何をもって究明なんですか?」



センセイ
「ツルギ君、良い質問だね。そう、信綱自身はそれを会得していたわけなんだけど、その『剣理』というか、理論を確立して人々に伝えるための工夫を思いつかなかった。」



ガラシャ1
「でもそれを託された柳生宗厳という人、余程才能があったんでしょうね。だって信綱が、『こいつになら自分の思いつかなかった部分まで任せられる。』と判断した程なんですから。」



センセエ2
「その通り!何か感ずるところがあったんだろうね。
信綱自身の無刀捕りの開眼は、上洛の途中、妙興寺での参詣が終わり、ふと感ずるところがあり、かがみ込んで地面に文字を書いていた時、背後から突然浪人(狂人だったという説がある。)が斬りつけたのを、腕をひねり投げ倒した時だと言われているんだ。」


談話イラスト119






ガラシャ1
「スゴイ…。狂人の刃というのはある意味迷いが無かったでしょうから…。」



センセエ2
「そうなんだよ。情況的にかわす事も出来ない程瞬時の事だったと言われている。だから『無の境地』というか、考えるヒマもない時に咄嗟に出た動作だったんだろうね。
で、信綱自身がこの様なものを『理』として完成させたいと思った時、体現出来るという事と、伝えるという事の違いに難しさを感じたんじゃないかと。」



ツルギ2
「で、それを託された宗厳というわけですが…。大変だなあ。」



センセエ2
「信綱を迎えた柳生宗厳は、信綱を道場に案内して、自分が(宿題を与えられてから)工夫してきた技を披露した。
弟子の疋田文五郎、神後伊豆の二人は道場の外で待っていて、中から聞こえる宗厳の気合い声で、無刀捕り完成を悟ったと言われている。」



ツルギ1
「こ、声でそれがわかったんですか!?やっぱり剣豪の世界は理解を越えているなあ…。そして完成したんですね、無刀捕りは!!」



センセエ2
「うん。信綱は驚嘆して『よくぞ発せられた!』と言って、宗厳の技を『もはや我らの及ぶところにあらず。』と賞賛した。」



ガラシャ2
「我らの及ぶところにあらずって…そこまでのレベルに達していたんですね、宗厳は!!」



センセエ2
「そう。そして信綱は宗厳に一国一人印可状を与えている。」



ガラシャ1
「嬉しかったでしょうね、宗厳は。」



センセエ2
「そりゃあね。何せ当時、柳生家は豊臣秀吉の厳しい検地によって隠し田があるとされて所領没収されて、大変な状況にあったんだ。」



ツルギ2
「所領没収!!うわぁ~、そいつは厳しい。」



センセエ2
「で、忠誠を尽くした15代将軍義昭が亡くなると、柳生の庄に帰って兵法の体制に専念しているような状況だったらしいからね。
それが信綱との出会いで大きく運命が変わったわけだから。この辺はからは又次回。」





              つづく    センセエ(全身2)
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[ 2013/05/06 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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