談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第114回 「剣聖登場でござる!! その①」 の巻


ツルギくん
ツルギ1
「さて、お待ちかね、今回からいよいよ剣豪シリーズってわけです!!」



センセエ
センセイ
「シリーズって…まあ、いっか。え~っと塚原卜伝(つかはらぼくでん)からだったっけ。」


ガラシャさん
ガラシャ1
「ハイ、新当流の創始者である剣聖です。」



センセイ
「卜伝はもともと鹿島神宮に伝わる『鹿島の太刀』を幼少の頃に学んだんじゃないかと思うんだけど…。
というのは卜伝は元々鹿島神宮に奉仕する家に生まれているんだ。『吉川家』というのがそれ。
父は吉川左京覚賢(よしかわさきょうあきたか)、10歳上に常賢(つねたか)という兄がいた。卜伝の幼名は朝孝(ともたか)といった。朝孝が生まれた時(廷徳元年→1489年)、父の剣友である塚原土佐守安幹(つかはらとさのかみやすとも)が嫡子を亡くしたため、朝孝を養子にやるという約束をするわけ。
そして約束に従い、5歳か6歳の頃、朝孝は塚原家に養子に行く事になった。」



ツルギ1
「はああ! 卜伝さんは養子だったんですか!? まずそれにビックリ。」



センセイ
「そう。養子に行った先で塚原新右衛門高幹(つかはらしんえもんたかもと)を名乗る。で、卜伝の人生で最も重要なキーワードは『修業の旅』。
生涯で3回行っている。その第1回目は永正元年(1504年頃)。卜伝16歳の事である。」



ガラシャ1
「随分と若いですねぇ。」



センセイ
「鹿島神宮で正月行われる歳山祭(としやまさい)の占い(卜占…ぼくせんという)の結果、つまり1年間の吉凶を知らせ歩く『鹿島の事触(かしまのことふれ)』というのがあって、これに同行して京の都に行ったのであろうと思われる。」



ガラシャ1
「1年間の吉凶を触れて歩く…。今も昔も人は占いを気にしますね~。なる程、卜伝の『卜』って『卜占』というところからきているのかもしれませんね。」



センセイ
「そうだね。で、途中で事触れと別れて、京の都にしばらく腰を下ろす事になるんだけど、卜伝第1回目の真剣勝負はこの旅の時、清水寺周辺で武士に絡まれている老女を助けようとして行われた。で、この時まだ純粋だった卜伝は相手を斬り伏せる。」



ツルギ1
「しっかし最初から老女を助けるなんて、如何にもヒーローらしいスタートですね。」



センセイ
「この当時、京は戦乱の真っただ中だったから、そんな卜伝の技を見てスカウトしたいと思った武将は多かったと思うよ。卜伝(高幹)は管領(かんれい)細川高国(ほそかわたかくに)の下の細川政元(まさもと)について、丹後攻めに加わったとも伝えられている。
で、どんな戦いにも連戦連勝。『真剣勝負の試合19度、戦(いくさ)の場を踏む事37度、1度の不覚もとらず、傷1ヶ所もこうむらず、矢傷をこうむる事6ヶ所…。』というものスゴイエピソードは、この第1回目の修業の旅がほとんどなんだ。」



ガラシャ1
「時代背景もあるんでしょうか。卜伝の創始した鹿島新当流の技って、鎧武者(よろいむしゃ)を想定しているような、急所ねらいの動きが多いですよね。」



センセイ
「確かにね。で、氷正11年(1514年)頃から、この戦乱は京より地方へと広がっていく。都自体はやや穏やかになったので、卜伝も戦いの場を京を中心にして足を延ばして地方へも向ける事になる。」



ツルギ1
「1回目の旅って…結構な長旅ですよね。」



センセイ
「そうだね。結局十数年はこうした生活をしていたわけだ。氷正12年(1515年頃)やっと帰国の途につくことになる。でも鹿島へ帰り着くのは3年後の氷正15年頃という事だった。」



ツルギ1
「ゲッ! 3年も帰りに使っちゃったわけですか? 何でそんなに時間がかかってしまったんでしょうか。」



センセイ
「さあ、詳しい事はわからないんだけど、鹿島にたどり着いた時は『幽鬼(ゆうき)のごとし』と言われたくらい、心身ともに疲れ果てていたという話だ。」




談話イラスト112






ガラシャ1
「アラララ!! つまり抜け殻のようになっていたと…?」



センセイ
「そういう事だろうね。憶測だけど、幾多の戦場を若くして経験し、殺傷に明け暮れていたため、心身共に相当病んでいたのではないかという人もいる。」



ガラシャ1
「16歳ではじめて真剣勝負をしてから、ほとんど休まずにそんな生活をしていたら、そりゃあそうなっても無理はないですよね。」



センセイ
「確かにね。」



ツルギ1
「それから…どうにかして立ち直ったわけですよね、ボロボロの卜伝さんは。」



センセイ
「そりゃあね。じゃなきゃ剣聖・塚原卜伝は語り継がれたりはしないさ。まあ、そうはいっても実家・養家の両方の看護でようやく立ち直ったという事なんだけど。
やがて訪れた剣の師・松本備前守(まつもとびぜんのかみ)のススメで1000日の参籠(さんろう)に入る事になる。実家を中心に海に出て海水で禊(みそぎ)をし、御手洗池(みたらしのいけ)でも禊(みそぎ)をしたとも言われている。」



ツルギ1
「うわぁ~。それを1000日か。まあ剣豪の修行らしいといえばらしいですね。」



センセイ
「1000日の参籠(さんろう)が終わる頃、鹿島城で内乱の兆しがあり、実父・覚賢(あきたか)が宿老を引退。こういう流れの中で松本備前守は卜伝に第2回目の廻国=修行の旅をすすめたんだ。」



ツルギ1
「エ!? 1000日の参籠をしてまた!?」



センセイ
「うん。でも卜伝自身はこの1000日参籠を終えて、剣では悟りを開いた。修業の旅で得られた剣の技は全て卜部(うらべ)吉川家(=生家)が伝える『鹿島の剣』を母体として展開されたため、卜部の剣を伝えるという意味で名前を塚原卜伝(つかはらぼくでん)とした。」



ツルギ1
「ホラ、名前の由来はボクが言った通りだろう?」




ガラシャ1
「(そんなツルギ君を無視するように)名前をそこで『卜伝』にして…、流派の名前は名乗らなかったわけですか?」



センセイ
「自身は鹿島の大神から『心を新しくして事に当たれ。』と啓示を受けて開眼したらしいけど、生前は『新当流』という流名は使わなかったみたいだね。さて、この第2回目の廻国の話は…。」



ガラシャ1
「又、次回ですね。」




ツルギ1
「楽しみィ~。」








                      つづく    センセエ4
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[ 2013/01/21 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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