談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』 30:スポ根

『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』

 このコーナーは、和太刀主宰者・清水大輔の子役から始まり、
殺陣師になり、現在に至るまでに出会った人や出来事をかき集めて
バラバラに(思いつくままに)脱ぎ散らかしたエッセイ風の独白文です。






30:スポ根

前回に引き続き、私が子役だった頃の話。

撮影所からロケ専用のバスに乗り、5~10分位走った所に小学校がある。
よく学校を舞台にした設定等ではその校舎を使っていた。当たり前の事だが、
小学生達が夏休みや冬休み等、長期休暇の時を利用しての事。



当時はかなりの番組でこの校舎を利用していたので、
私などは本来自分が通う小学校よりも、こちらの校舎の中の方が勝手がわかる程だった。

で、とある子供番組での事。

『今日は○○のシーンですよ。』とも聞かされず、
前日の晩に急遽「明日空いてない?急に子役が一人病気になっちゃって・・・。」と、
あるプロデューサーから連絡を受け、夏休み中だったので二つ返事でOKをして現場に参加した。
(そういう電話の対応は、当たり前の事だが、子供だった私ではなく親がしていた。)

確か朝10時に、例の学校の校庭に集合だった。
行くとスタッフが、
「あ、衣装に着替えてもらうから。サイズの合ったのを選んでね。」と言った。

用意されたのは野球のユニフォームだった。
野球部の練習風景を撮影するらしい。
私は少々「イヤだなぁ。」と思った。
幼い頃から野球をはじめとする球技の方はあまり得意ではなかったからである。

「まあ、でもあくまで撮影なんだから・・・適当にやればいいだろう。」と、
そんな事を思って渋々ユニフォームに手を通し、グラウンドに出た。

すると監督さんが、「じゃあさ、ノックを受けているシーンを撮るから。一列に並んで。」と言った。
子役は私の他に10人前後いた。
「ハイ。」と返事をして適当につくられた列の中に入った。
私の順番は三番目くらいだった。

監督さんが、「スタートの合図で一人一球ずつノックを受けて。最後の一人が終わったらそのまま又最初から繰り返して下さい。皆がノックを受けている所を適当に撮影するので、芝居だと思わずに真剣にやって下さい。」と言った。
私は、「真剣にだって?それじゃあ体育の授業と変わらないじゃないか。イヤだなあ。」と思ったが、
「まあ、そうは言ってもドラマのワンシーンなんだから、そんなにマジにならなくても大丈夫だろう。」とも思った。

コーチ役の俳優さんが、バッターボックス(白線が引かれてあった。)に入り、片手にボールを持ち、片手にバットを持った。
こちらは列の最初に並んだ子役がグローブを持って腰を落として構えた。なかなか良い構えをしている。

監督さんが、「じゃあ、いきまーす。元気出して!ヨオーイ・・・・・・スタート!!」と叫んだ。
すると、コーチ役の俳優さんが、「よし、いくぞォー!!」と叫び、フワリとボールを上げ、ゴロを打った。

するとこれがビックリ・・・!!速いのである。地を這うような鋭い打球とはまさにこの事。
しかもかなりコースを外れた所に飛んだ。

「あ~あ、何マジメにやっちゃっているんだろう。こっちは別に野球を専門的にやっているわけじゃなくて、ニセモノなんだからさ。あんなのキャッチ出来るわけがないじゃん。」と私が思った瞬間、
先頭のその子が横っ跳びにダイブしてボールをキャッチ。一回転してファーストに投げた。
(ファーストにはもう一人、子役がファーストミットを構えていた。)
「エッ!?・・・ウソ・・・!?スゲエ・・・。」と私は心の中で叫んだ。

「ナイス・キャッチ!!」コーチ役、選手役が合わせて叫ぶ。
やや気後れして私も小さな声で、「ナイス・・・キャッチ。」と言った。

「まあ、たまたま最初の子は普段から野球をやっているか、運動神経がズバ抜けて良いんだろう。
コーチ役の人もそれを知っていたんじゃないのか?」と思った。

ところが、さらに次の子に向かって鬼のようなライナーが飛んできた。
するとその子は簡単にそれをグローブでさばいてキャッチしざまにファーストへ・・・。

「な、な、なんで?」と思ったが、次は私の番。
「チ、チョット待って下さい。ボクはやさしいヤツ・・・。」と言おうとしたが遅かった。
私に向かって、先頭の子と同じような地を這う打球が飛んできた。
あまりにも速かったので私は反応することも出来ずにその場に立ちつくしたままだった。
まあ・・・一球は一球・・・。私は次の子に譲ろうと思い、その場をどこうとした。
しかし、「コラア!!もう一球だ!!」・・・・・・。


ざっつえんたイラスト30




そこからさらに十球ばかり、キョーレツな打球が飛んできた。だがこれも全てキャッチ出来ず。
「無理だ・・・。って言うか何でこんなに強く打つんだ。イヤ、それよりもあのコーチ役の人、ノック上手すぎだろ。多分やってたな。」等と思っていると、
監督さんが、「カット!!オイ、お前(私の事)何やってんだ?もういい、お前はこっちでボールを集めろ!!」と怒鳴った。
そこから私はカメラに映らない所で、ボールをひたすら集め、コーチ役に人のところまで運ぶ役回りにさせられた。
撮影は夕方まで続き、終わった後はもう立っている事もままならなかった。

終わってから知ったのだが、私以外の子役は皆リトルリーグの選手だった。
そりゃあ上手いわけだ。コーチ役の人も元プロ野球選手。
という事は元々休んだ(私が代役として参加するハメになった原因の)子もリトルリーグだったわけである。
何故そこに素人と私が入れられたのか。その日の仕事は大きな謎と大きな筋肉痛を残して終了した。

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[ 2013/03/25 00:00 ] ざっつえんた | TB(-) | CM(-)

第118回 「最強の剣術者誕生でござる!!」 の巻

センセエ
センセエ2
「今回からは最強の剣術者・上泉伊勢守信綱(かみいずみいせのかみのぶつな)について触れます。」


ツルギくん
ツルギ1
「出たぁ~。ついにきたぁ。『新陰流』の創始者!この人がいなければ柳生家の発展もなかったかもしれない。」



ガラシャさん
ガラシャ2
「剣術者を語るならこの人ははずせないですよね。」



センセエ2
「その通り。信綱は永正(えいしょう)5年(1508年)に上野国赤城山(こうずけのくにあかぎさん)南鹿の上泉城(群馬県前橋市)の城主・上泉武蔵守義綱の次男として生まれた。2歳上の兄、主水佐(もんどのすけ)が死んだので21歳で上泉家の家督を継いだ。」


ガラシャ1
「上泉家というのはどういう家だったんですか?」



センセイ
「よくぞ聞いてくれました、ガラシャさん。上泉城の初代城主の曽祖父・義秀は新当流の名手で、応仁の乱で戦死した。」


ツルギ1
「ア、新当流というとあの塚原卜伝先生の…。」



センセイ
「そう。それから祖父、時秀は下総の剣豪・飯篠長威斎(いいざさちょういさい)から天真正伝香取神道流(てんしんしょうでんかとりしんとうりゅう)を学んだ。」


ガラシャ2
「うわっ。飯篠長威斎って有名ですよね。」



センセエ2
「うん、そして父の義綱は下総で松本備前守(まつもとびぜんのかみ)から鹿島新当流を修めている。」


ツルギ1
「アレ?松本備前守って人もどこかで聞いた事があるぞ。」




ガラシャ2
「前回の塚原卜伝編の時に出てきたわ。卜伝に1000日の参籠をすすめたり、2回目の廻国をすすめたりした人よ。」




ツルギ1
「そうか。エ?じゃあもう小さい頃から信綱は『武』にまみれて育ったようなもんなんですネ!」



センセイ
「まさにね。で、祖父時秀の剣友・愛洲移香斎なる人物がいて、この人が信綱に教えたのが、愛洲陰流という剣術。」


ガラシャ1
「陰流?じゃあそれが新陰流の母体になったという事ですかね。」



センセエ2
「その通り。陰流というのは敵を前にした時、打ち合う前に氣を察知して相手の意を計る。それを『陰』を知るという剣術で…。」


ツルギ1
「うわっ。達人っぽいなあ。」




ガラシャ1
「それはそのまま『活人剣』につながるものじゃないですか。」



センセエ2
「そうだね。信綱もそれまでは色々な剣術を学んでいたんだけど、『陰流ありて、その他は計るに勝へず。』と言っているくらいなんだ。それまでに学んだものより『陰流』の刀法が相当優れていたという事だね。」


ガラシャ2
「それはやっぱり、単にあーすればこーなるみたいな普通の刀術みたいなものとはレベルが違ったという事なんでしょうね。相手の意を察するとか。」



センセエ2
「うん。『諸流の奥義を究め、陰流に於いて、別に奇妙を抽出し、新陰流と称す。』と信綱は言っているくらいだから。」


ツルギ1
「ははあ。これまでの刀法とは次元が異なるものだと言っているわけですね。」



センセエ2
「確かに『陰流』が大きく影響している事は明白だね。でもね、やっぱりそういう要素にプラスして、信綱個人の明晰な頭脳と、画期的な発想力があってこそ、新陰流というその後、徳川の世を支えるまでの剣術が生まれたんだと思うよ。」


ツルギ1
「かあ~っ!やっぱり天才はいいなあ。苦労する前にそういうアイデアが浮かぶっていうのが。
…あ、別に信綱が何の苦労もしてないという事ではありませんよ。…ちょっと、ガラシャさん、白い目で見るのやめてよ。」



センセイ
「ハッハッハッ(笑)。その通りだよ、ツルギ君。それにね、信綱の人生はここから苦労の連続になる。」


ツルギ2
「エッ!?せっかく新陰流を編み出したのに?」



センセエ2
「そうだよ。上泉城というのはとても小さな城だったからね。その頃世の中は、兵法者が理論だけをどうのといって生きていける程甘くはなかった。戦乱の世だったからね。」


ガラシャ1
「なる程。」



センセエ2
「小田原から北条氏直が攻めてきたら白旗を掲げて開城降伏し、越後の上杉謙信の配下の箕輪(みのわ)城主・長野業政(ながのなりまさ)に仕えては侵攻してきた武田信玄と戦ったりとか。」


ツルギ2
「ゲゲェッ!?信綱って武田信玄と戦っていたんすかぁ!?」



センセエ2
「そう。信玄は7年間に渡り、6回も侵攻したが、その都度、長野業政は戦って武田軍を撃退。信綱は『上野一本槍』として、その名は信濃・甲斐・東海地方にまで広まったと言われる。」



談話イラスト116




ツルギ1
「ス……ッゲエ!!いいぞ信綱!信玄なんかやっつけろォ!!」



センセエ2
「ところがこの信綱も死を覚悟しなければいけない程の大ピンチを迎える事になってしまう。信玄が大軍を率いて侵攻してきたため、仕えていた箕輪城の落城が決定的となってしまったんだ。」


ツルギ2
「あ~あ。やっぱり武田軍にはかなわなかったか。」



センセエ2
「信綱もその時城の護衛をしていたんだけど、『これはいよいよ敵陣に斬り込んで死なねばならん。』と覚悟して、高弟の疋田文五郎(ひきたぶんごろう)に摩利支天の戦旗を持たせて、いざ突っ込もうとしたその時、『上泉伊勢守殿はおられるか?』という声がした。
それは白旗を挙げた信玄の特使・穴山梅雪(あなやまばいせつ)という人で、つまりは信綱の名声を聞いて、信玄が『殺すには惜しい。』という事で、自分が召しかかえようとしての事だったんだ。」


ツルギ1
「芸は…身を助けるなぁ。」







                    つづく        センセエ(全身2)
[ 2013/03/18 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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