談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』 22:ミュージカル!?(その1)

『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』

 このコーナーは、和太刀主宰者・清水大輔の子役から始まり、
殺陣師になり、現在に至るまでに出会った人や出来事をかき集めて
バラバラに(思いつくままに)脱ぎ散らかしたエッセイ風の独白文です。






22:ミュージカル!?(その1)

学生の時に、例の殺陣のサークルに所属していた時の話。

同じ大学で、『ミュージカル研究会』というクラブがあった。
(あ、イヤ、今も健在である。殺陣を学ぼうとするよりも、ダンスに興味がある人間の方が今も昔も圧倒的に多いわけで、殺陣のクラブより所属人数ははるかに多かった)
大学の中でも有名なクラブでこれまでにも数多くの著名人を輩出している所であった。

そこは毎年6月に外公演を行っていた(6月公演=6公と呼ばれている)。
ウチ(殺陣)も公演は行っていたのだが、私の頃には年に2回、新歓(新入生歓迎公演)と芸術祭(いわゆる文化祭)の時に学内にある講堂を使って公演するのみだった。



私が大学3年の頃。ようやく芯(斬り役。斬られ役は『絡み』と呼ばれる。殺陣で使われる用語)として4月の公演でデビューし、後輩への指導にも慣れかけてきた時、その『ミュージカル研究会(以下『ミュー研』)』さんから合同公演の話が来た。

学校内の行事ではなく、外の舞台で合同でやりましょうというお話。アレ?と思った。
その時確か5月初旬だったので、ミュー研さんの6月公演と日程がかぶらないのかなと。

この相談を受けたのは私の一つ上の先輩。こういう上下関係の厳しいクラブでは『神様』と呼ばれる男性のYさん(4年生)だった。

フタをあけてみると、なる程と思った。つまりその外公演の話は本来ミュー研さんに来たものだったのだ。
だが6月公演があるので主な戦力はそちらに持っていかれている。
だから半ば引退状態のミュー研の4年生のMさんが演出し、6公に出演しないミュー研の人達で公演をする事になったが、心もとないのと、頼まれた芝居の内容が『活劇』だったので、そのMさんがウチのYさんを通して頼んできたというわけだ。

「一肌脱いでやってくれないかな。ぜひオマエに主役をやってもらいたいんだが・・・。」
Yさんが部室で私に言った。

 正直、意外だったが嬉しかった。何故主役が私なのだろう?

 だが、これも今考えれば何という事はない。
Yさんを含む4年生の先輩方は、学内では神様でも来年社会に出たらド新人。就職活動で外の舞台なんかやっているヒマはない。そのYさんとて、5月末には教員の資格を取るため、教育実習生にならなければならなかったので、稽古はそんなに出られなかった

 一、二年生はまだ『芯(斬り役)』としてのハウツーを知らない。

 三年生は私の同期がもう1人いたが、ちょうどその頃母親の体調がすぐれず、これも稽古の参加状況としては怪しかったのだ。私しかいないはずである。

 しかし、理由はともあれ、主役に抜擢されたのだから頑張らねばなるまい。しかし恐れながら私には一つ条件があった。

私「あのう、先輩、ミュー研さんから来た話って事は、そのお話は『ミュージカル』って事ですよね?」

Yさん「うん?そうだよ。あ、わかった。踊らされると思ってんの?」

私「あ、いやダンスはあったとしても頑張りますから。歌だけはカンベンしてもらえませんかね。」

 私は子役の頃、それなりに歌のレッスンを受けたり、CMソングを歌ったりした事もあった。
だから正直ヘタだとも思っていないが、とにかく人前で歌うという事は好きになれなかった。

 まして、日本のミュージカルというのは何か見ていて気恥ずかしくなってしまうという先入観のようなものもあり・・・(ベタな日本人顔の俳優が、トムだのマイクだのと呼ばれるのはどうも・・・と思っていた)。


 ざっつえんたイラスト22




Yさん「うん、いいよ。じゃあオマエの歌はカンベンしてやってくれって、オレからMに言っておくよ。」

私「ありがとうございます。」

ホッとした。これで肩の荷がおりたと思った。

Yさん「あ、そうだ。何か劇中で殺陣が15本以上あるってさ。1対1があったり、1対大勢があったり。
で、振り付けはオマエが自分でやってごらん。」

これには少々驚いた。私はつい一カ月前から芯として稽古をしたばかりの頃だったから、いきなり振り付けまで任されるとは・・・。
だがそんなものはいくらでも努力により克服しようと思った。気恥ずかしい歌さえ無いのなら・・・。

 だが私の淡い期待は裏切られた。

 稽古初日にミュー研のMさんと会って挨拶をすると、

「じゃあ、さっそく歌ってみようか。」

と優しい声で言われた。 
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[ 2012/06/27 00:00 ] ざっつえんた | TB(-) | CM(-)

第95回 「平家の子孫であるために…でござる!!」 の巻


ツルギくん
ツルギ2
「あ~あ…(ため息)。何だか前回の平維盛の話を聞いてテンション落ちちゃいました。その前までの武将達の武勇ばっかりが頭にあったから…。
水鳥の羽音を敵襲と間違えて逃げ出し、平家滅亡を待たずに都落ち。出家して入水自殺のイケメン将軍って、何かわびしいというか…。」


センセエ
センセエ2
「イヤ、そう思ってもらえた方がいいんだよ。何か遠い昔の武勇伝とかを聞いてテンション上げてもね、結局それは戦争なんだからね。人と人とが利権を争って命を取り合うというさ。
そういう追いつめられた状況の時にそれでも戦う決意をして散っていった武士達は確かにツルギ君の言うように尊い…
あ、イヤ、カッコイイのかもしれないけど、たまには維盛のようにある意味人間らしい弱さを持った武将をピックアップしないとね。『戦さで散る』ということを奨励しているみたいでねえ。」

ガラシャさん
ガラシャ1
「そうですよね。私達のようにそれを表現する側の人間って今も昔も変わらない戦争の虚しさみたいなことも抱えていないとダメなんだと思います。」


センセエ2
「だからボクはねえ、正直言って幕末の武士達なんかもそうだけど、それを美化してゲームやアニメの中でディフォルメして、まるでアイドル扱いみたいになっている現状って、ちょっと違う気がするんだよね。
もちろんそういう武士の存在を知識として得るのは大切だと思うんだけどさ。」


ツルギ2
「ウワァ。『カッコイイッ。』って叫んできたボクには何か耳の痛い話ですね。」


センセエ2
「イヤ、だからこそホントの姿も学ぶ必要があるんだよ。作り手はその上で何を中心に据えて見せるのかという行程をちゃんと踏むことが大切なんだ。そうでないとね、それを見た次の世代というのはもっと違うコトになってきちゃうと思うんだよ。
ベースとなるもの、スタート地点の段階で、そういう『イケメン武将ゲーム』が基準になっちゃったら大変なコトになる。」


ガラシャ1
「実際、既にそうなりつつありますよね、今って…。」


センセエ2
「そうなんだよ。ブームになるのはいいんだけど、都合のいい美談だけを浅く受け取っていたら、歴史からは何も学んだことにはならないと思うんだよね。この前もある場所でそういう話(サムライについて)をしていたら、聞いていた人が『センセエ、あの技を使った殺陣をぜひ今度つけて下さい。』みたいなコトを真顔で言うんだ。
その『あの技』っていうのが、その人が挙げたサムライが実際に使っていたわけじゃなくてね…。」


ガラシャ1
「まさか…漫画かなにかで?」


センセエ2
「そうなんだよ。ある漫画の設定で、実在した人物を取り上げた時に、そいつが使った技なんだけど、現実にはそんな技使っていなかったわけでね。冗談なのかと思ったんだけど、大真面目で言っているもんだから。」


ガラシャ1
「ウワァ~、こわ~い!!」


センセエ2
「今に始まったコトじゃないんだけどね。そういう流れに乗せて『戦さで死ぬのはカッコイイんだ。』と盲目的に信じさせて、第二次大戦の時なんかはまるで国策のように娯楽ものなんかが出回っていたわけだから。
前に話した『重い刀を二本、腕力で振り回して悩む武蔵』なんかも、そういう流れがつくり出しちゃったキャラクターだからね(笑)。せめてと言っては何だけど、ボクら作り手は与える影響も恐れてつくらないといけないよね。どの道真実なんて何百年前の事なんかはわからないんだけど、だからこそ残された少ない資料から何を抽出するかというのはね、そういう責任を抱えて仕事にとりかかろうと思います。」


ガラシャ1
「同感です。あ、センセエ、一つ気になっていたコトがあるんですけど、前回取り上げられた平維盛に残された妻子って、結局どうなったのかという。もちろん歌舞伎の『義経千本桜』の中の『椎の木』なんかは見ていますけど。(『壇ノ浦』の後、維盛の妻が夫がどこかで生きているというウワサを聞き、六代御前《息子》を連れて旅に出る。大和国《奈良県》にやってきた時、“いがみの権太”という悪人に目をつけられるというお話。)」


センセエ2
「源頼朝(よりとも)の『平家残党狩り』の命を受け、北条時政が嵯峨野(さがの)国の山の奥、大覚寺(だいかくじ)の奥に維盛の北の方、若君、姫君が隠れていると聞いて、これを捕えるんだよね。」


ツルギ2
「あ~あ! やっぱり捕まっちゃうんだなあ。」


センセエ2
「この若君は父の維盛の幼名が『五代』だったところから『六代』と呼ばれていたんだけど、六代は捕まって六波羅に連行される。で、この時に乳母の女房の一人が高雄(たかお)の文覚上人(もんがくじょうにん)に救いを求める。文覚はそれを受け、六波羅に出向いて若君を見ると、あまりの高貴な美しさに心を動かされ、時政に『処刑を二十日間だけ待ってくれ。頼朝に助命を頼んでくるから。』と言って鎌倉に向かうんだ。」



  談話イラスト93




ツルギ1
「いい人だなあ! …ア! それで間に合ったんですか? 文覚さんは!」


センセエ2
「それが期日を過ぎても戻ってこない。シビレを切らして時政は六代を連れて鎌倉へ向かう。で、時政はぎりぎりまで待とうとするんだけど、もはやこれまでと…。」


ツルギ1
「うわあ!」


センセエ2
「と思った時に、文覚の使者が頼朝の書状を持って現れる。つまり六代は助かったわけ。」


ツルギ1
「フゥ~。良かった…。ナイス文覚!!」



ガラシャ2
「だけどね、六代の君は頼朝の死後、存在を恐れた鎌倉幕府により斬首されちゃうのよ。北条時政の手の者によってね。で、平家の子孫は絶えるのよ。」



ツルギ1
「あ~あ。って、エッ!? 何だ、ガラシャさん知っていたの?」



ガラシャ2
「そりゃあね。ツルギ君が知らないからセンセエに質問して説明してもらったんだもん。」



ツルギ2
「ど~もです。」










               つづく    ガラシャ3
[ 2012/06/24 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)
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