談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第66回 「武田の透波、三ッ者参上でござる!!」 の巻

ツルギ1「いやあ、前回は役行者(えんのぎょうじゃ)の頭に角が生えていて、
ツルギくん
        だから“役小角(えんのおづぬ)”と名付けられたという、
        『役行者鬼説』で締めくくった訳ですが…。」


ガラシャ1 「そんな説、アンタが勝手に言っているだけじゃない! バカ!」
ガラシャさん



センセイ「ははは(笑)。まあまあ。そんな想像も楽しいじゃないか。
センセエ
        実際、役小角くらい昔の人になると伝説的なエピソードは山程あるものだよ。
        でも役行者ってね、伊賀忍者に相当崇められたみたいだよ。
        つまり“修験者の始祖”であると同時に“忍者の始祖”でもあるわけだ。
        だから『鬼だったかも!?』で済ませるにはさすがに失礼かな(笑)。」

ツルギ1「はあい、わかりました… えっ!? そうなんですか。
        伊賀忍者が役行者を崇めていたなんて…。
        なんでそんなコトわかるんですか!?」


センセエ2「最近の調べでは伊賀には130体近くも『役行者の(銅)像』があるんだ。

        『伊乱記(いらんき)』によると、織田信長が天正伊賀の乱の際に、
        戦乱の終わりを確認するために敢國(あえくに)神社を訪れた際に、
        伊賀忍者3人から銃撃されたんだけどね、
        その中の1人である音羽の城戸(おとわのきど)という人は
        とても役行者像を崇拝していたとあるし、
        その像って今も残っているんだよね。」

ツルギ1  「ヘェ~。」

ガラシャ2「前に武田信玄が『くノ一』を始めたなんてお話がありましたけど、
        こうして聞いてみると、敵味方に関わらず、
        戦国武将ってホントに忍者と深い関わりがあったんですね。
        っていうか忍者抜きには語れないくらい…。」


センセイ「それはそうだよ。戦国時代はまさに忍者が活躍した『黄金期』だからね。

        それぞれが忍者を抱え、より有能な忍術を持っていた方の戦さが
        有利になったのは当然じゃないかな。」

ガラシャ1「なのに学校で歴史の授業の時にそんなお話は
        ほとんど聞きませんよね。」


ツルギ2「そう! そうなんだよ。そういう話も聞ければ
        もっと昔から歴史に興味が持てたのになあ。」


センセイ「その意見には大きく賛成するね。
        この前もテレビで『信玄と(上杉)謙信の川中島の合戦』の話を
        やっていたんだけど、そういう事には(忍者が戦さの影の主役であることには)
        全く触れないからね。

        まるでサムライだけで事を起こして、サムライだけで戦いが成立している
        ような展開の仕方をする。あれにはどうもね、納得がいかないよね。」

ガラシャ1「あ、それ私も見た様な気がします。
        信玄側の軍師である山本勘助(やまもとかんすけ)が考えた
        「啄木鳥戦法(きつつきせんぽう)」を謙信側が察知して、さらに先回りして…
        みたいな、よく言われるような事に終始していましたよね。」


ツルギ1「“啄木鳥戦法”って、キツツキが虫を喰べようとする時に、
        木の裏側からくちばしでつついて虫を表側に誘い出し、
        出てきたところを“パクッ”とやる所から名付けられた、
        いわゆるハサミ討ちの戦法ですよね。」


ガラシャ2 「へぇ~。ツルギ君にしてはよく知っていたわね。」

ツルギ1  「ふふん。(得意顔)」

ガラシャ1「で、そういうような両軍の読み合いや、
        やり取りにも忍者の暗躍があったればこそ…という事でしょうか。」


センセエ2「当然そうだよ! 武田軍の方は『透波(すっぱ)』や『三ッ者(みつもの)』、
        対する上杉軍の方は、『軒猿(のきざる)』が大変な活躍をしたんだ。」

ガラシャ1「透波というのは、前にうかがった事があると思いますけど、
        “三ッ者”とか “軒猿”とかは初めての様な気がします。」


センセエ2「“三ッ者”というのは3種類の仕事についていた(間見《かいけん》、
        見方《みかた》、目付《めつけ》など)のでそう呼ばれていたらしい。
        既に話した通り、信玄は情報戦の達人で、
        (第64回「武田信玄公はくノ一好きでござる」の巻
        優秀な忍びをたくさん抱えていたわけでね、
        そいつらが上杉側に間諜(かんちょう)として入り込んだりして
        敵の動静を探っていたわけ。忍者なんて影の存在だから、
        活躍しても名前が記録されるなんてほとんどないんだけど、
        『見聞雑録』というのには、信玄が召抱えようとしたが、武田四天王の一人、
        高坂弾正(こうさかだんじょう)が預かりたいと願い出たほどの忍者の名前が
        記録されている。その名も「変化之六平(へんげのろくへい)」や
        「龍馬の小八(りょうまのこはち)」、「わたりの突波(とっぱ)」という
        優れた忍者の名前がね。」

ツルギ1「うはあ。カッケー(格好いい)なあ。名前からして…!
        特に最後の“わたりの突波”なんて、
        名前からしてかなりデンジャラスな感じがしますね。」


センセイ「“わたりの突波”はね、次郎坊(しろうぼう)という坊主の透破らしいよ。
        超人技の持ち主で、手裏剣術に関しては相手との距離が90メートルまでは
        絶対に外さなかったとか、身の軽さでは天狗も及ばぬ程だったとかね。」


   談話イラスト64





ツルギ1 「ギョエ~! きゅ、90メートル!? 金メダル間違い無し!!」

センセエ2「そうした個人技に優れた忍者がさらに各自の下に優秀な忍者を集めて、それぞれ活動して、
        それを信玄が組織化して、情報戦略に役立てたんだから。」

ガラシャ1 「まさに無敵ですね。あ、センセエ、対する上杉の軒猿というのは?」

センセイ「よしっ。それは又次回話そう!」





                  つづく       センセエ(全身2)
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[ 2011/12/25 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)

『雑!! 演殺陣人達(ざっつ!! えんたてめんつ)』 ⑨江戸村脱走事件

『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』

 このコーナーは、和太刀主宰者・清水大輔の子役から始まり、
殺陣師になり、現在に至るまでに出会った人や出来事をかき集めて
バラバラに(思いつくままに)脱ぎ散らかしたエッセイ風の独白文です。





⑨江戸村脱走事件


『日光江戸村』といえば、今は知らない人はいないくらいの
レジャーランドとしては有名な場所である(だよね!?)。

 しかし私が演者として勤めていた1980年代半ば頃というのは
まだそれ程知られていない…いや、知られてはいたのだろうが、
いざ行ってみると山に囲まれた時代劇のセットが普通の建っているだけの場所で、
確かに私の様な役者が目の前で芝居やらチャンバラを見せてはくれるのだが、
これといって目玉の無いマイナー感否めない施設だった。

 何せ“にゃんまげ”もまだ存在していなかったのだから。
(エ!?にゃんまげって知ってるよね。江戸村に生息する“ゆるキャラ”です。)



 私はある老舗の剣友会さんのお手伝いで行ったわけだが、
行ったらとんでもない事がわかった。

(主催名義は確かにその剣友会さんだったのだが…。)

 私以外にも当然多くの演者がいる訳だが、そこは典型的な体育会系の生活で、
一日でも先に江戸村で働き始めた方が先輩という事で、後から入ってきた者が
先に入ったセンパイの食事の世話やら何やらを面倒をみなければならず、
一日5回のハードスケジュールのショーが始まる前の早朝と、ショーが終わってからの夕方は、
そのセンパイ達にビシビシシゴかれるといったものだった。

 まあ、それだけならいわゆるフツーの体育会系制度だから
私などは慣れたものだから何でもないのだが、そこに集まっているセンパイ方というのは
“立ち廻り(チャンバラ)”に関しては素人に毛の生えた程度のヘタクソさで…。
つまり彼らというのは元々チャンバラをやっていた人達ではなく、
『役者志望のタマゴくん』達がほんの2、3ヵ月剣を持っただけの奴らだったのだ。

 だから教え方もメチャクチャ(知識が無いのだから当然だけど)、
イジメに近い事をやるような奴らもいた。
ただよく考えてみれば、彼らも気の毒な被害者で、
元々彼らは立ち廻りをやりたかった訳でもなく、自分の所属する芸能事務所に
「仕事だから行ってこい。」と命令されて来ただけなのである。

 そして来てみれば、着た事も無い着物を着せられ、持った事もない刀を握らされ、
突然江戸時代の世界に放り込まれて、
先に入ったセンパイ(つまりはコイツも素人…)にシゴかれていたわけである。

 そしてわずか数ヵ月後、やっと後輩が入ってきたものだから、
自分が受けてきた仕打ちを後輩に使ってウサ晴らししていたのである。

 随分性格がゆがんでいるが、辞めたくても仕事だから辞められないし、
生活している寮は江戸村からさらに送迎バスで山奥に入った所にあるので、
夜中に脱走しても一人で下山するのはまず不可能なのである。
(野生動物に襲われるというウワサもあった)

 驚いたのは、中にはアクション系の奴もいたのだが、コイツがなかなかのヘタクソで、
第一私はそいつとこれまで(東京にいる時に)何回か仕事をしていて顔見知りだったのだが、
「清水さぁ~ん。」なんて呼んでいたのが、この環境で「オイ!ダイスケ!!」と
急変してしまったのである。これぞ『負の悪循環』と言ってもいいくらいである。

 ただ、私の場合はその時点で既に立ち廻りをかなりやっていたので、
その方達の“にわか知識シゴキ”には後輩ヅラして「ハイ、ハイ。」といって
やり過ごせば良かった。あまり上手くやると逆に憎まれるので、
テキトーに下手にやったりしなけらばならなかったのが面倒だったが。

 可哀想なのは正真正銘の素人君。

 先にも述べたが、当然こんな事がやりたくて来た訳でもなく、
それどころか何をやらされるかも知らされてはおらず、
中にはミュージシャン志望で、「ライブをやらせてやるから。」と事務所に言われ、
ギターをかついで寮にやってきた人もいた。
(ちょっと考えたら、日光の山奥でライブなわけねえだろ!)


 夜中に布団を並べて皆で寝ていると、「シク、シク。」と泣き声を聞いた事もあった。

 で、ある日のこと。
ショーとショーの間のわずかな休憩時間があけると、
その子が行方不明になっていて大騒ぎになった。

 皆で捜したが(江戸村中)どこにもいなかった。

 脱走するなら寮にいる時よりも、江戸村の方が
観光客にまぎれて…とでも考えたのだろう。

 数時間後、外にあるトイレの中にその子の着物やカツラ、
刀が脱ぎ捨てられているのが発見された。



 私は少し、「良かったね。」と思った。



ざっつえんたイラスト9




[ 2011/12/21 00:00 ] ざっつえんた | TB(-) | CM(-)
PICK UP!!
UP 
【技講座⑭構えのジャンル】コチラ
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【技講座⑬沈身の半身】コチラ
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【技講座⑫身体の各パーツの分離】コチラ
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【技講座⑪刀の握り】コチラ
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【技講座⑩半身歩法】コチラ
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【技講座⑨剣を使わない抜刀稽古】コチラ
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【技講座⑧肩の埋め込み】コチラ
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【技講座⑦柔らかい胸と沈む腰】コチラ
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【技講座⑥抜き打ち(抜刀・横払い)】コチラ
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【技講座⑤手の平合わせ→水平面の移動】コチラ
技イラスト2

【技講座④水平斬り】コチラ
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【技講座③脱力の技、二】コチラ
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【サムライダイエットエクササイズ1】 コチラ
トモエさん(顔)

【技講座②脱力の技、一】コチラ
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【技講座①流れるように・・・】コチラ
技イラスト2
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