談話室『和太刀』

~立ち廻りから得られる身体のお得情報!~

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第59回 「先祖は頼朝の時代にまでさかのぼるでござる!!」 の巻

ツルギ1「前回の『藤林長門』と『百地丹波』は同一人物だったかもしれない
ツルギくん
        という説の続きをお願いします!」


センセイ 「ハリきっているなあ、ツルギ君(笑)。」
センセエ

ツルギ1「好きなんですねエ。そういうミステリアスなお話って。
        わくわくします。」


センセエ2「それじゃあ。藤林長門と百地丹波の戒名が一字しか違わないというのは前回述べた通り。

        伊賀の風習でよそ様にやった子供(養子)が亡くなると
        一字だけ変えて『影墓』をたてるという事も。」

ガラシャ1 「ハイ、それにはチョット驚かされましたけど。」
ガラシャさん


センセエ2「総合すると藤林長門は百地丹波で、という事は『天正伊賀の乱』に関しては
        前期・後期ともに大活躍をしていたという事になり。」

ツルギ2「アチャー! 前回は藤林長門の事を“伊賀の一大事に逃げ出したダメ上司”
        って言っちゃいましたぁ。とんだ失言を…。」


ガラシャ1「ちょっと! 二人が同一人物だってまだ決まったわけじゃないのよ!!」

ツルギ2「いや、それはわかっているけど…。
        チェッ、ロマンが無いなあガラシャさんは。」


ガラシャ2 「女はロマンだけでは生きていけない!!」

センセイ「まあまあ。一応そういう説があるという話であって、
        事実かどうかなんて誰もわからないわけでね。
        でもだからこそ全否定する根拠もないわけでね。」

ガラシャ1 「それはまあ、そうですけど…。」

センセエ2「で、話を続けさせてもらうと、丹波(長門)は伊賀の最後拠点となった柏原城の落城では
        死んでいなかったとすると、脱出して紀州根来(ねごろ)か雑賀(さいか)に逃れた
        ということになる(根来は岩出市、雑賀は和歌山市)。

        で、その土地で丹波は名前を藤林と変えて、やがて紀州流という忍術を開いた。」

ツルギ1 「紀州流! カッコイイ!」

ガラシャ1 「久々に出たわね、それ。」

センセエ2「忍術の有名な秘伝書である『萬川集海』というのは、
        廷宝4年(1676年)に出てきたもので、編者が藤林保武という人だ。

        一方もう一つ同じ廷宝の9年に『正忍記(しょうにんき)』が完成するんだけど、
        正忍記というのはそもそも紀州流忍術の秘伝書なんだよね。」

ツルギ1 「紀州流? …じゃあ、作者は…!!」

センセイ 「編者は『藤一水 名取三十郎正武(澄)』となっている。」

ツルギ2「なあんだ、違う人か…。ってか惜しい!!
        “藤”の字は入っているんですけどねえ。」


ガラシャ2 「バカね。そうそう都合良くいかないわよ。」

センセエ2「でもね、面白い事言うと、“一水”というのは“林”という字を
        2字にわけて表したものと言われているんだよね。」

ツルギ1「エッ! じゃあつまり、“藤一水”は“藤林”と同じ意味ってことですか。」

センセイ 「そういう事。」

ツルギ1 「かあ~。何て素敵な推理なんだぁ。」

センセエ2「僕が推理した訳じゃないけどね(笑)。そういう説があるという事です。

        という訳で、“藤林長門”という人はたくさんのクエスションを残して消えた、
        忍者らしいと言えばこれ以上はないくらいの人物なんだよね。」


談話イラスト57



ガラシャ1「人騒がせな…。でも確かにミステリアスで面白いですね。」

ツルギ1 「だろ?」

ガラシャ2 「あんたに言われる覚えはないわよ!!」

センセエ2「でね、藤林長門とその一族の墓は、三重県伊賀市東湯舟にあるんだけど、
        『富治林家(ふじばやしけ)由緒書』よると長門の先祖をたどっていくと、
        源頼朝(みなもとのよりとも)の重臣に行きつくらしい。」

ツルギ1「うわあ。頼朝ですって!? 
        じゃあ、その頃からそういう活動をしていたという事ですか?」


センセエ2「それはどうかわからないよ。もしかしたら頼朝の頃は策謀家に過ぎなかったかもしれないしね。
        いずれにせよ“影で操る”という上忍の生き様には当てはまるよね、
        それだったら。
        ただし、結局のところ丹波と長門が同一人物だったのか、
        違う人物だったのかはわからないまま、いつの間にかその二人(一人?)は
        生死不明のまま姿を消してしまったというわけでね。」

ツルギ1「う~ん! ますます面白いですね。
        センセエ、忍者についてはまだまだイキましょう。」


センセイ 「了解しました。」






                     つづく            ツルギ3
 
[ 2011/11/23 00:00 ] 談話 | TB(-) | CM(-)

『雑!! 演殺陣人達(ざっつ!! えんたてめんつ)』 ⑦ラッコと水着ギャル

『雑!!演殺陣人達(ざっつ!!えんたてめんつ)』

 このコーナーは、和太刀主宰者・清水大輔の子役から始まり、
殺陣師になり、現在に至るまでに出会った人や出来事をかき集めて
バラバラに(思いつくままに)脱ぎ散らかしたエッセイ風の独白文です。



⑦ラッコと水着ギャル


某県にあるK市の山の上のレジャーランドで、
崖の上の洗濯(機)と部屋が無い(全日ではないが)という
特殊な環境に苦しんだ話は前にもさせてもらったが、
このエピソードもその時の事。


 そのレジャーランドの呼び物、つまりメダマの一つに
ラッコがプールでたくさん飼育されていて、
その泳ぎっぷりが渡り廊下を歩くとガラス越しに見えるというのがあった。
なので館内には朝早くから夜9時くらいまで「らっこ、らっこ、らっこ、らっこぉ~♪」という、
かわいいんだか、精神状態によってはイラっとする曲が鳴り響いていた。

 前にも述べた通り、一日5回の本番というのは相当身体にこたえるのだが、
中でもツライのが、1回目の本番が朝9時スタートという事だった。

 9時なんて、ハッキリ言って館内ホールの客席に人なんてほんの少ししかいない。
プロとして客が入っていようがいまいが全力でやるのは当たり前だが、
それにしても客が2、3人しかいないのに全力でショーをやるのは相当精神的にキツかった。

 そんな中、朝方廊下を通るとラッコがガラス越しにカンカンと貝を腹の上にのせて
殻を割る仕草は、私の心を癒してくれたものだった。



 ところが人間身勝手なもので、日が経過するにつれ、
部屋の無い状態でカタイ床の上に寝かされたり、やっと部屋に入れたと思ったら
2、3日ですぐに移動させられたりという環境で身体がシンドくなってくると、
引きずる様な足取りで廊下を歩くたびに、
例の「らっこ、らっこ、らっこ、らっこぉ~♪」という能天気な曲と、
それに合わせる様にカンカンと威勢よく貝の太鼓を打ち鳴らすヤツらに腹が立ってきた。

 第一こっちは朝御飯のメニューも白飯と具ナシのみそ汁だけなのに
(これも前に述べたが、基本メニューがこれで、
オバちゃんの機嫌のいい時はふりかけか生卵がつく。)、
ヤツらは豪勢にも朝から蛤の喰い放題である。

 気のせいだろうが、やつれたこちらの顔を見て、
自慢げに殻をたたくヤツらが憎らしくもなってこようというものである。


 その頃テレビ等でもラッコが貝を割る所作がかわいいとブームになっていて、
私も「かわいいなあ。」と思っていたが、あの仕事を経験して以来、
テレビでラッコを見るとイラっとしてチャンネルを変える様になった。



 これも前に述べた大学時代の殺陣のキツ~イ夏の合宿でのこと。

 午後の稽古は日差しの照りつける真夏の砂浜で(前半の3日間は)
重い木刀を振り回して型稽古を行うのだが、何せ砂浜なものだから、
足がとられるわ、袴(はかま)の内側に濡れた砂がまとわりついて、
それが足を動かすたびにスネにこすりつけられ切り傷になるわ、
先輩からは常に怒鳴られるわで、
「何で大切な19歳の夏をこんな事して過ごしているんだぁ~。」と
思わないワケにはいかなかった。

 またその場所というのが、結局のところ一般の人達も遊んでいる海水浴場だったので、
午後の砂浜は水着姿のギャル達や、ギャル狙いの若い男達でごったがえしてしたものである。

 自分と同世代の若者が楽しくイチャついている横で、
私は着物姿でぶったたかれている。

 そんな光景が珍しくて面白いのかは知らないが、
気がつけば水着ギャルの何人かがこちらを見て、

「何?あれぇ~。イヤダァ~。」

なんて言ってたりする。最悪である。



 その数年後に山の上のレジャーランドでラッコと御対面になるわけだが、
私の中では夏の合宿でこちらを見ていた水着ギャルと、
こちらを見ながらスイスイとプールの中を泳ぎ、目の前でカンカンと貝の殻を割るラッコは
どこかで一緒になっている。



 「イヤダァ~、何?あれぇ~。」

 「カン、カン、カン、カン!」

 「らっこ、らっこ、らっこ、らっこぉ~♪」



  
ざっつえんたイラスト7


やかましいっ!!





 私のひねくれ根性はこうして育っていった。
[ 2011/11/20 00:00 ] ざっつえんた | TB(-) | CM(-)
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