ツルギくん

「前回までの展開はちょっと驚きですね。なんせ伝説の妖怪鵺(ぬえ)の話にまでなっちゃって…。
鵺とかって実在したかどうか…っていうか、ほぼ実在した可能性の無いものまで掘り下げちゃうとは…。」
ガラシャさん

「でもそれでいいのよ。私達表現者はそういう伝説的なものまで表現の対象になるわけだから。
一つの題材でそこからどれだけ色んな意味で広げていけるかという話で…。
ね、センセエ。だってこれは学校の歴史の勉強ではないんだもの。」センセエ

「その通りだね。ガラシャさん、ステキです。史実として知っておく事は大切だけどね。
でもボクらは当たり前だけど実際にその時代には生きていないワケだからさ、何がホントで何がウソかなんて誰にもわからない。
例えば今の人達が歴史的に『これはホントなんじゃないか。』と思っている事でも、後に作られた事だって多い。
そうだなあ…ちょうど『源平の合戦』当たりの人物を扱っているから…あ、武蔵坊弁慶とかね!」

「あ、なる程。弁慶が実在の人物かどうかという話ですね。
ホントは弁慶なる人物は存在していなくて、義経のまわりの護衛をしていた人物にそういうモデルになった人がいたんだとか。それならボクも知っています。」

「私も。『平家物語』とかにも、身の丈七尺で鎧をまとった大男が、白柄の薙刀をついて大眼をかっと見開いてあたりをねめまわし、なんて描写があるけど、これは『叡山(えいざん)の悪僧、祐慶(ゆうけい)』という人だものね。」
「よく知っているね。でもね、そういう事じゃなくて、『武蔵坊弁慶』なる人物が実際にいたと仮定し、義経を護衛しながら活躍したと仮定しても、今の人が誰でも知っているような活躍ぶりと、『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』や『義経記(ぎけいき)』にのっているものとは違ってきているんだ。それが面白い。」

「例えば?」
「そうだなあ。牛若丸(義経)と弁慶の戦いが『京の五条の橋の上』になったのは、後世に御伽草子(おとぎぞうし)の中でそうなったんであってね。」

「エッ!? ち、違うんですか!?」
「ウン。『義経記』では、弁慶は母親の胎内に18ヵ月とどまり、生まれた時は2、3歳児程もあり、歯も生えそろった異形の人物で、幼少の頃父に疎まれて殺されかけたところを叔母に助けられ、『鬼若(おにわか)』と名付けられた。6歳で疱瘡(ほうそう)を病んでいっそう醜くなってしまい、預けられた先々でも心まで病んでしまったのか、乱暴の限りを尽くして嫌われ者になる。」

「お、おやまあ…。何と複雑な…。」
「そのうち自分から頭をそって『武蔵坊弁慶』と名乗り、諸国をめぐって播磨の書写山(しょしゃざん)に入り、ここでは真面目に修行した。ところが先輩僧のイジメにあい、ブチ切れて大暴れ。その際火事がおきて全山が燃えてしまう。
で、悪名高くなってしまった弁慶は、太刀1000本を集めるという願を立てて、京の町で夜な夜な大暴れ。999本を奪ったところで牛若丸に出会う。」

「なあんだ。やっぱり、いいんじゃないですか。それがボクも認識している牛若丸と弁慶の戦いですよ。」
「イヤ、彼らは2回戦っているんだ。1度目は天神から堀川通りを下ったあたり。
笛の音と一緒に暁(あかつき)の薄明かりの中に黄金の太刀を佩いた若者が現れる。弁慶はチョロイと思って斬りかかるが、若者は弁慶の胸を蹴ってひらりひらりとかわし、弁慶がたじたじになる。」

「あ、ありゃ!? 展開は同じなのに…。で、2回目っていうのは?」
「2回目は清水寺の舞台だよ。」

「清水…の…舞台って、あの?」 

「そうだよ。勝負を見ているのは参詣の人達。『稚児が勝つか、法師が勝つか。』と騒ぎ立てる。
で、そんな中、2人は激しく打ち合い、ついに弁慶が敗れる。すると弁慶は『これも前世からのつながりだ。』と言って従者(牛若丸の)になるというわけ。」

「ヘエエ~! 『名勝負数え唄』といったところですね~。」
「ただこのストーリー展開の中でもその後はあまり目立った活躍はしない。文治(ぶんじ)三年に追われる身となった義経が、山伏に変装して都を発つというのは同じだけどね。で、この時弁慶を筆頭にして従った家来、つまり同行者は16人。
この中には義経の北の方、久我大臣の姫(くがのおおいのひめ)も稚児姿で同行している。それが『安宅(あたか)』という謡曲の中では同行者11人。歌舞伎の名作『勧進帳』では女気もなく四天王と弁慶の5人になったんだ。」

「うわあ。16人も同行者がいたなんて、逆に驚きです。」
「で、北行して逃げている時、金津(かなつ)の上野で、加賀国の住人、井上左衛門という人が武士の情けで見逃す。如意(にょい)の渡しでは船頭に見咎められた義経を弁慶がとっさに扇で打ちまくり、疑念を晴らした。
この後弁慶は『いくらかばうためとはいえ、ご主人様を打ちすえた罪がおそろしい。許してくだされ。』と伏し転んで泣く。それを見た義経一行も泣き…。」

「ちょ、ちょっとそれってもしや…!」

「勧進帳だわ。じゃあ……。」
「そう。見せ物として多分この2つのエピソードが合わさっている。見逃してくれた井上左衛門という人が富樫(とがし)左衛門になったという事だね。」

「何か『北へ逃れてジンギスカン。』という話がいくら何でもそれはないと思っていたんですけど、元々それまでの名場面も、転化されたものだったんですね!」 つづく